先輩の後ろで記録係をしていた頃とは違い、自分一人で分電盤に向き合うプレッシャーは計り知れないものでしょう。「もし感電したら」「もし機器を壊してしまったら」。その不安は、現場の誰もが通る道です。
しかし、断言します。絶縁抵抗測定における事故の9割は、「確認不足」と「思い込み」によって引き起こされています。逆に言えば、正しい手順と「やってはいけないこと」さえ死守すれば、事故は確実に防げるのです。
この記事では、教科書的な手順の羅列ではなく、現場で絶対に犯してはならない「3つのタブー」と、作業直前にスマホで確認できる「最終安全チェックリスト」を共有します。君が今日、無事故で作業を終え、胸を張って帰宅するための「お守り」として活用してください。


ビル管理歴25年・現場責任者
大規模商業施設の電気主任技術者を歴任。過去に部下の感電事故(軽傷)を経験し、以来「現場の安全教育」に人生を捧げている。「失敗を許さない鬼軍曹」ではなく、「過去に失敗した経験を持つ先輩」として、若手技術者の安全を守る情報を発信中。
なぜ「うっかり」が命取りになるのか? 絶縁抵抗測定のリアルな危険性
「ブレーカーは切ったよな?」。私が新人の頃、先輩にそう聞かれて自信満々に頷いた数秒後、私は火花と共に尻餅をついていました。制御電源からの回り込みを見落としていたのです。
絶縁抵抗測定は、目に見えない電気を相手にする作業です。ほんの少しの「うっかり」が、取り返しのつかない事態を招きます。
例えば、活線(電気が流れている状態)の回路に誤って測定プローブを接触させてしまった場合を想像してください。電圧のレベルによっては、強烈なアーク放電が発生します。厚生労働省の労働災害事例でも報告されている通り、アークの熱は数千度に達し、顔や腕に重度の火傷を負うリスクがあります。
また、人への被害だけではありません。インバータなどの精密機器に誤って高電圧(メガー電圧)を印加してしまった場合、内部の半導体素子は一瞬で破壊されます。たった一度の測定ミスで、数十万円、場合によっては数百万円の損害賠償と、設備の長時間停止という最悪の事態を引き起こしてしまい、始末書では済まされない責任を負うことになるのです。
「自分は大丈夫」と思わないでください。事故を起こした誰もが、直前まではそう思っていたのですから。
【絶対禁止】現場で死守すべき「3つのやってはいけないこと」
ここからは、私が現場で徹底させている「3つのタブー」を解説します。これらは単なるマナーではなく、君の命とキャリアを守るための鉄則です。
1. 検電なしでの測定(「切ったつもり」での作業)
最も基本的かつ、最も事故が多いのがこれです。「さっきブレーカーを切ったから」「盤の表示灯が消えているから」といって、いきなり測定を始めてはいけません。
活線(充電部)と絶縁抵抗測定は、互いに排他(絶対に両立しない)関係にあります。活線状態で測定器を当てれば、測定器自体が破損するか、短絡事故を誘発します。
必ず「検電器」を使用し、自分の目で無電圧を確認してください。他からの回り込み回路や、図面と実際の配線が異なっているケースは、現場では日常茶飯事です。「疑うこと」が、安全への第一歩です。
2. 0Ωチェック(ゼロ調整)なしでの測定
これは多くの新人が省略しがちな手順ですが、極めて危険です。0Ωチェックとは、測定前にテストリード(赤と黒の線)の先端同士を接触させ、メーターが0MΩを示すか確認する作業のことです。
なぜこれが必要なのでしょうか? それは、「0Ωチェック」と「感電事故防止」が強い因果関係にあるからです。


もしテストリードが内部で断線していた場合、絶縁抵抗計は電気を通さないため、表示は「無限大(∞)」になります。これを「絶縁状態が良い」と勘違いして送電してしまえば、実際には漏電していた場合に感電事故に直結します。0Ωチェックは、機器の点検ではなく、「死の誤判定」を防ぐための儀式なのです。
3. インバータ機器を接続したままでの測定
絶縁抵抗計(メガー)とインバータは、対立(破壊リスク)の関係にあります。絶縁抵抗計が出力する高電圧(500Vや1000V)は、インバータ内部の繊細な半導体やコンデンサにとって致命的です。
特に、制御回路や二次側(モーター側)がつながったまま測定を行うと、回り込み回路を通じて予期せぬ箇所に高電圧がかかり、機器を破損させるリスクがあります。
【結論】: 測定対象にインバータや電子機器が含まれるか分からない場合は、「迷わず配線を外す」ことを徹底してください。
なぜなら、配線を外して復旧する手間よりも、機器を壊してしまった時の損害と信頼失墜の方が遥かに大きいからです。メーカーによっては「端子を一括短絡すれば測定可」としている場合もありますが、新人のうちは「切り離し」が最も確実な安全策です。横着は事故の元です。
【スマホ保存版】作業直前3分で完了! 最終安全チェックリスト
現場に入ると、焦りや緊張で頭が真っ白になることがあります。そんな時は、このリストをスマホで開き、一つひとつ指差し確認してください。すべてにチェックが入れば、君の安全は確保されています。
- 検電器で「無電圧」を確認したか?
(ブレーカーを切っただけで安心していないか?) - 0Ωチェック(リード線短絡)で針は0を指したか?
(テストリードの断線はないか?) - 測定電圧レンジ(125V/250V/500V)は適切か?
(100V回路に1000Vをかけようとしていないか?) - 測定対象から「電子機器(インバータ等)」は切り離したか?
(迷ったら外す!) - 接地(アース)クリップは確実に接続されているか?
(塗装面ではなく、金属露出部に噛ませているか?) - 周囲への声掛け(「送電します!」)は行ったか?
(感電する位置に人はいないか?) - 【測定後】放電(ディスチャージ)を確認したか?
(電圧計が0に戻るまで触らない!)
よくある疑問(FAQ)~先輩、こんな時はどうしますか?~
最後に、現場で新人が抱きがちな疑問に答えておきます。迷った時の判断基準にしてください。
- 数値がフラフラして安定しません。どう読めばいいですか?
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無理に数値を読み取ろうとせず、まずは原因を疑ってください。長いケーブルの静電容量や、周囲のノイズが影響している可能性があります。時間を置いて安定するのを待つか、絶縁抵抗計の「ガード端子」を使用することで安定する場合があります。それでも不安定な場合は、回路のどこかで接触不良や絶縁不良が起きている可能性が高いため、先輩に報告しましょう。
- 近くにアース端子が見当たりません。
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分電盤の金属製筐体(箱)や、B種接地線(トランスの中性点アース)を探してください。ただし、水道管やガス管をアース代わりにするのはNGです(現在は樹脂管が多く、接地が取れていないため)。確実な接地が取れない状態での測定は、数値の信頼性が著しく落ちるため避けるべきです。
- 測定値が「0.1MΩ」ギリギリでした。良しとしていいですか?
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法律(電気設備技術基準)上は0.1MΩ以上あれば適合ですが、実務上は「要注意」です。新品の設備なら通常は数十MΩ以上あります。0.1MΩということは、絶縁劣化がかなり進行している証拠です。「基準内だからヨシ」とせず、「前回値より急激に下がっていないか」を確認し、必ず上司に報告して判断を仰いでください。
まとめ:恐れることは恥ではない。準備を怠ることこそが恥だ
初めての一人作業、不安で当然です。しかし、その「不安」こそが、君を事故から守る最強のセンサーになります。
今回紹介した「検電」「0Ωチェック」「機器切り離し」の3つは、ベテランになっても絶対に省略してはいけない基本動作です。これさえ守れば、感電も機器破損も防げます。
現場で迷ったら、深呼吸して、この記事のチェックリストを開いてください。君の安全確認が、建物の安全を守り、そして何より君自身の未来を守ることにつながります。無事故での完遂を祈っています。
参考文献・出典
絶縁抵抗測定の手引き – HIOKI(日置電機株式会社)
絶縁抵抗計ガイドブック – 共立電気計器株式会社
職場のあんぜんサイト:労働災害事例 – 厚生労働省


